空疎なる「寛容」

多くの場合、対立者に対する一見ヒューマニスティックな「寛容」は、力のある者からすればたんに自己の「余裕」と「度量」の大きさを示すために表明され、力のない者にとっては、たんに自己の空疎で無力な「道徳的優位」を誇示するために表明される。
ときには、それはたんに対立を克服することへの自己の無能力の告白にすぎないこともある。