「一般論」しか語らぬ者はただのへたれである

わたしは「戦争」に反対します、「暴力」に反対します、「セクハラ」や「差別」に反対します。
すべて結構。それは正しい態度と言っていいだろう。
だが、一般的な命題としてそのような主張をすること自体は、そう難しいことではない。一般的な命題をそのまま振り回すだけなら、子供にでもできることだ。
問題は、正しい一般論を具体的な問題に対して正しく適用できるかどうか、言い換えるなら、何らかの具体的な問題が生じたときに、日頃自分が主張している一般論としては正しい態度を、そのような具体的な問題においても貫けるかどうかにある。
そうでない限り、正しい「一般論」などはただのお題目であり、お祈りを上げるために神棚に飾ってあるただのご神体にすぎない。


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