まだ言い足りないので

法改正してまでバカ親のフォロー? (by apj)
sodaさん、

>国籍法の不備により、人生がメチャメチャになる子ども達が現実に沢山いる

 じゃあ、子供を作ることを決めた親の判断について責任を問うことを同時にやらないとやっぱりおかしい。旧国籍法の状況で子供を作れば子供の人生がまずいことになるくらいのことは、大人の頭ならわかりそうなものですよね。承知の上で何でそんなことやったの、と。子供に責任は無いから事後的に救うしかないというのはわかるけど、親にペナルティを与えないまま済ませるのは変でしょう。なし崩し的に数が増えればそのうちオッケーみたいなやり方はどうしても引っ掛かる。

 というか、何で法改正してまでバカ親のフォローをしなきゃならないのか、ってことの方が釈然としない。やって後々まずいことになりそうなことは、避けるのが普通では。
 法改正前に、国籍法との兼ね合いで困ったことになるのが分かっていながら子供を作った親には、「先を見ない考え無しの馬鹿」ってレッテルを存分に貼らせてもらいたいです。
at 2008/12/08 19:46:52


いつの時代でも、法律や制度、慣習などによる差別は、それに抵抗した場合、本人のみならず、その周囲までもが様々な不利益を受けることを承知しながら、しかしそのような不利益を受忍することを肯じなかった人々による異議や抗議、さらにはそのような不利益が十分に予想されるにもかかわらず、敢えて一歩を踏み出した人々たちの行為によってこそ明るみに出され、問題となり、その結果、解決が図られ平等が勝ち取られてきたのではないか。
事実、今回の国籍法改正の場合も、婚姻前に出生した上の娘が父親の認知によっても日本国籍を取得できず、家族と同じ戸籍に入れないということの不備を訴え、それが最高裁によって認められた結果として、はじめて成立したのではないか。
「後々まずいことになりそう」だからといって、現に不利益を被っている人々がただその不利益に甘んじて、一歩を踏み出すことを躊躇してばかりいたら、いったい社会はどうやって進歩するというのだ。ましてや、そのような人々を「先を見ない考え無しの馬鹿」と呼ぶということは、そのように異議を申し立てている人らの足を引っ張ることでしかあるまい。事実そのように敢えて一歩を踏み出した者らは、つねに理解のない周囲などから「先を見ない考え無しの馬鹿」として罵倒され、「ほれ、見たことか」と嘲笑されてきたのではないのか。
むろん、そのような不利益を受ける行為をした人が、みな最初からそれだけの覚悟があったとは限るまい。思慮が足らず、あとになって気付いて、しまったと思う人だっているかもしれない。だが、その場合であっても、まず非難されるべきなのは、そのような不利益を生じさせている制度であり社会のほうではないのか。
そこで「子供を作ることを決めた親の判断について責任を問うことを同時にやらないとやっぱりおかしい」というようなことを言い出すのは、たとえば「いじめられる方も悪い」とか「襲われる方にも責任がある」というのと同様の、それこそ典型的なつまらぬ相殺論法でしかあるまい。
たしかに、一般的に言う限り「先を見る」ことは悪いことではないし、必要でもある。ほんとうになにも先のことを考えずに、場当たり的なその日暮らしをている人がいるとしたら、それは無思慮に過ぎると言ってもいいだろう。しかし、他の場合には必要のない「先を見ること」を特別な条件のもとにある人々らに対してのみ要求し、それに従っていないからといって「先を見ない考え無しの馬鹿」などと罵倒するのは、あまりに筋違いな話ではないか。
もし、本気でそのように呼ぶのが正しいなどと思っているのだとしたら、そのような人こそ「無知・無教養な馬鹿」ではないのか。自分の言っていること、そしてそこで使用している論理が、いったいなにを意味するのか、少しは冷静になって考えてみてはどうなのだ。


追記:そもそも、コメント欄でのsodaという方による「国籍法の不備」という指摘に対して、いきなり「バカ親」などと言い出すこと自体に、この問題に対するapjさんの理解がいかに浅いかが表れています。

ましてや、この後の応答で、「親に対するペナルティ」と言ったのは、「『先を見ない考え無しの馬鹿』ってレッテルを存分に貼らせてもらいたいです。」と書いたことだとか言い出すのは、ほとんど子供じみた屁理屈にしか聞こえません。

ペナルティというのは、普通上位の組織や機関から与えられるものじゃないんですか。いちおう今の社会では言論は自由なのですから、よほど行き過ぎでない限り、誰が誰にどういうレッテルを貼ろうが、それは自由ってもんでしょう。そんなものが「親に対するペナルティ」になると本気で思っているとすれば、ずいぶんと頓珍漢な話です。

それとも、「考え無しの馬鹿」ってレッテルを盛大に宣伝して、「バッシング」でも煽ろうというのでしょうか。それなら、たしかに一種の社会的制裁と言ってもいいでしょうけど。「世間知らず」なのはいったいどっちなのでしょう。溜息が出ます。