石原吉郎の言葉

満州に侵攻してきたソビエト軍に「戦犯容疑者」としてシベリアに連行され、25年の重労働の刑を宣告されたのち、スターリンが死去した1953年に、「特赦」によって帰国した詩人、石原吉郎の言葉。ちくま文庫『望郷と海』に収められた「確認されない死の中で」(1969)という文の一節。強調は引用者による。

 死は、死の側からだけの一方的な死であって、私たちの側 ― 私たちが私たちである限り、私たちはつねに生の側にいる ― からは、なんの意味もそれにつけ加えることはできない。死はどのような意味もつけ加えられることなしに、それ自身重大であり、しかもその重大さが、おそらく私たちに何のかかわりもないという発見は、私たちの生を必然的に退廃させるだろう。しかしその退廃の中から、無数の死へ、無数の無名の死へ拡散することは、さらに大きな退廃であると私は考えざるを得ない。生においても、死においても、ついに単独であること。それが一切の発想の基点である。


 私は広島について、どのような発言をする意志も持たないが、それは、私が広島の目撃者ではないというただひとつの理由からである。しかし、その上で、あえて言わせてもらえるなら、峠三吉の悲惨は、最後まで峠三吉ただ一人の悲惨である。この悲惨を不特定の、死者の集団の悲惨に置きかえること、さらに未来の死者の悲惨までもそれによって先取りしようとすることは、生き残ったものの不遜である。それがただ一人の悲惨であることが、つぐないがたい痛みのすべてである。


 さらに私は、無名戦士という名称に、いきどおりに似た反発をおぼえる。無名という名称がありうるはずはない。倒れた兵士の一人一人には、確かな名称があったはずである。不幸にして、その一つ一つを確かめえなかったというのであれば、痛恨をこめてそのむねを、戦士の名称へ併記すべきである。


 ハバロフスク市の一角に、儀礼的に配列された日本人の墓標には、今なお、索引のための番号が付されたままである。


人間の死はすべて「固有」であり、「唯一」である。ある一人の死は、けっして他の一人の死と代替可能ではなく、したがって比較可能でもない。それは、死者の数が千を単位にして数えられようと、万や十万、あるいは百万を単位にして数えられようと同じことだ。その意味で、すべての死は「唯一無比」なものだ。それは、どんな場合にも前提とされるべきことだ。


この引用文の後半を含む、記事の全文はこっち
石原の詩については、ここここで四篇ほど紹介されている。


追記:id:zames_maki
むろん、世界内に生起するすべての事象は、唯一なものとしての「個別性」と同時に「普遍性」をも有している。そんなことは、ヘーゲルを持ち出すまでもない論理学の常識であり、いまさらあなたなどに指摘されるまでもないことだ。(参照) もし、そこにいかなる意味であれ、なんの普遍性もないのであれば、同様の事象は二度と生起することもなく、したがって「ホロコースト」の記憶を、イスラエルを含めた世界が引き継いでいく意義もまた、死者の追悼ということ以外にはないということになる。


だが、直接にかかわりのない他者が、他の事象との共通性や通分可能な一般性という意味で、その「普遍性」について安易に語ることは、唯一の事象としてのその「個別性」を抹殺することだ。石原が指摘しているのは、そういうことだ。サラ・ロイは、自らが「ホロコースト」の生き残りであるからこそ、その「普遍性」について語ることもできる。彼女がその「普遍性」について語るというのは、そもそも彼女が体験した「ホロコースト」の意味を空洞化させたくないからこそだろう。(参照)


だが、あなたには、そのような資格があるのか。いったい、あなたは誰の視点でものを語っている。あなたが言う「ホロコースト」の普遍性とは、そもそもどういう意味なのだ。あなたはなんのために、またどのような意味で、その「普遍性」を主張しようというのだ。


岡真理やサイード、サラ・ロイだのと、他人の名前を引き合いに出してばかりいずに、たまには自分の立場に自分の足で立ち、自分の頭で考えた自分の言葉で語ってみてはどうなのだ。


むろん、そういう人たちの言葉を広めることには、大いに意義があるだろう。その努力には敬意を表する。しかし、それはあなたが他人に説教をするために「看板」として振り回すような、あなたの個人的「財産」などではないはずだ。